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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)61号 判決

原告 野村圭佑 外四名

被告 荒川区 外六名

主文

原告らの被告國井郡彌、同片見秀夫、同鈴木厚之進、同斎藤正に対する本件訴えのうち、昭和五一年九月三日の公金支出に関する部分を却下する。

原告らの被告國井郡彌、同片見秀夫、同鈴木厚之進、同斎藤正に対するその余の請求及び被告コロナ工業株式会社、同山口裕、同荒川区に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告荒川区に対し、

(一) 被告國井郡彌、同片見秀夫、同鈴木厚之進、同斎藤正は、各自金九五五五万八七四五円及びこれに対する昭和五三年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(二) 被告コロナ工業株式会社は、金三七六万〇六八〇円及びこれに対する昭和五三年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(三) 被告山口裕は、金四三万九三二〇円及びこれに対する昭和五三年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

支払え。

2  被告荒川区は、原告らに対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1、2項につき仮執行宣言

二  被告國井郡彌、同片見秀夫、同鈴木厚之進及び同斎藤正の本案前の答弁

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告らの本案についての答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告らは、いずれも被告荒川区の住民である。

(二)(1)  被告國井郡彌(以下「被告國井」という。)は、昭和四五年四月三日以降被告荒川区の区長としてその事務を管理執行してきたものであり、同区を代表して被告コロナ工業株式会社(以下「被告コロナ」という。)及び同山口裕(以下「被告山口」と、また、右被告両名を「被告コロナら」ともいう。)との間で後記2記載の土地売買契約を締結し、代金を支出した。

(2)  被告片見秀夫(以下「被告片見」という)。は、昭和四九年六月一四日から同五三年六月一三日まで同区の助役として区長を補佐していたものであり、被告鈴木厚之進(以下「被告鈴木」という。)は、昭和四七年七月二九日から同四九年七月五日まで同区の総務部財務課長、同年七月六日から同五二年五月一〇日まで同区の総務部長として、同部の管掌する財務、総務等の事務を統括していたものであり、被告斎藤正(以下「被告斎藤」という。)は、昭和四九年七月一二日以降同区の総務部財務課長として、同課の所掌する契約、検査、管財用地等の事務を統括してきたものである。

被告鈴木及び同斎藤は、いずれもその事務の一として、被告コロナらとの間で後記2記載の土地売買契約に係る土地取得のための交渉、契約条件の確定、契約締結及び売買代金の支出を直接担当し、被告片見は、助役として被告鈴木、同斎藤が担任した事務を監督するとともに同被告らと共に直接右各行為に関与していたものである。

2  被告荒川区は、昭和五一年八月二〇日、被告コロナとの間で、同被告が所有する別紙物件目録二ないし四記載の土地につき、契約要旨を左記(一)のとおりとする土地売買契約を、被告山口との間で、同被告が所有する別紙物件目録一記載の土地(以下同目録一ないし四記載の土地を一括して「本件土地」という。)につき、契約要旨を左記(二)のとおりとする土地売買契約(以下被告荒川区と被告コロナらとの間の右各土地売買契約を一括して「本件売買契約」という。)をそれぞれ締結し、被告コロナ及び同山口に対し、売買代金として昭和五一年九月三日にそれぞれ二億八八八二万五一二一円及び三三七九万四六二四円を、同五二年四月五日にそれぞれ九〇〇万円及び一〇〇万円を支払い、それと引換に本件土地の引渡を受けた。

(一)(1) 代金額

二億九七八二万五一二一円(坪当たり約一一六万九一五〇円)

(2) 代金の支払方法

登記完了後   二億八八八二万五一二一円

土地引渡完了後 九〇〇万円

(3) 所有権移転登記手続

契約締結後直ちに行う。

(4) 所有権の移転時期

契約締結と同時に被告荒川区に移転する。

(5) 引渡時期

昭和五二年三月三一日限り。

(6) 公租公課の負担

契約締結の日の前日までの原因で発行された納税通知書等によるものは売主の負担。

(7) 清算金等の帰属

土地区画整理事業の実施に関連して交付される清算金、減価補償金は被告荒川区に帰属する。

(二)(1) 代金額

三四七九万四六二四円(坪当たり約一一六万九一五〇円)

(2) 代金の支払方法

登記完了後   三三七九万四六二四円

土地引渡完了後 一〇〇万円

(3) その余の契約条件

(一)の(3)ないし(7)と同一

3  しかしながら、本件売買契約には、次のように被告國井、同片見、同鈴木、同斎藤(以下「被告國井ら」という。)が公務員の職務専念義務(地方公務員法三五条)に違反し、あるいは公務員としての任務に著しく違背し、裁量権の範囲を超えて締結した違法があり、したがつて、右契約に基づく前記二回の公金の支出及び財産の取得も違法であつて、後記5記載の九五五五万八七四五円は違法な支出であるから、被告國井らは被告荒川区に生じた右の損害を賠償すべき責任がある。

(一) 本件売買契約の締結手続に違法がある。すなわち、一般に、公有財産の取得、処分等に際しては、その公正を担保するため取得等の必要性、対象物件の調査、価格の適、不適、契約諸条件等を審議するため、必要な場合には住民代表者、専門家、学識経験者をも加えた審議機関を設置し、その慎重かつ公正な審議に基づいて取得等の可否を決することが条理上要請されるものであり、事実他の特別区においては右の趣旨の審議機関を設けているところが多い。しかしながら、被告國井らは、本件土地の取得に際し、このような審議機関を設置することすらせず、同被告らの独断と恣意によつて、本件土地の取得及びその契約内容を決定した。

(二) 本件売買契約における代金額は不当に高額である。

すなわち、

(1) 本件土地の前所有者である被告コロナらは、本件土地上に地上六階、地下一階のレジャーセンタービルの建築計画をたて、昭和四八年一〇月二三日建築確認を得たにもかかわらず、付近住民による日照権等をめぐる住民運動の発生、石油ショック直後の工事資材不足と工事代金の暴騰、金融引締の強化により昭和四九年初め頃には建築工事を断念し、同年二月頃、被告荒川区に対し、本件土地を公共用地として売却したい旨の意向を示していたのであるから、この点を価格決定上の重要な要素として考慮すべきである。

(2) 本件土地は、右日照権等をめぐる住民運動のためこれを取得しても多目的利用が可能な高層建物の建築が不可能であつた。

(3) 被告荒川区は、本件土地の直近七〇〇メートルに約一〇〇〇坪の更地(旧第五日暮里小学校跡地)を有していたうえ、住民から西日暮里駅付近に公共施設を作れという強い要求もなかつたから、本件土地を高価な対価を支払つて購入する必要性は全くなかつた。この点は、被告片見が、本件土地を昭和四九年一一月頃東京都に対し勤労福祉会館等の建設候補地として紹介していること、買収交渉を約一年間も中断していることからも明らかである。被告國井らの主張する保育所設置目的も、本件土地取得当時は明確にされていたものではないうえ、本件土地の南側には中高層建物があつて日当りが良いとはいえず、保育所には不向きな土地であり、保育所を国電駅前の一等地に建てなければならない必要性もないのである。また、保育事情の悪いことは荒川区全体についていえることであり、特に本件土地付近に限られた事情ではない。

(4) 本件土地の代金額は三億三二六一万九七四五円であるところ、被告荒川区が昭和四九年一二月一〇日の時点において本件土地につき安田信託銀行株式会社(以下「安田信託」という。)に委嘱して実施させた鑑定の価格(以下「本件鑑定」及び「本件鑑定価格」という。)は、二億三七〇六万一〇〇〇円(平米当たり二五万三〇〇〇円、坪当たり八三万六〇〇〇円)であつたから、これを四〇パーセント以上も上回るものである。さらに、右鑑定は、本件土地につき被告コロナらと付近住民との間で日照権等をめぐる住民運動が発生していること、そのためこれを取得しても多目的利用が可能な高層建物の建築が不可能であること鑑定方法が収益方式による鑑定をせずに取引事例比較方式のみによつているうえ、比較している取引事例は一三二平方メートルから二一二平方メートルまでの小面積のもの四例にすぎないところ、土地の価格は面積が増加すれば価格は低くなるとの面大減価の原則があることを考慮していなかつたのであるから、右各事実を減価要因として修正した額が本件土地の客観的に適正な価格であるというべきである。この点は、本件土地に近接する荒川区西日暮里五丁目三〇番二号所在の区有地(以下「本件区有地」という。)を、被告荒川区が昭和五一年三月一九日に坪当たり七四万四五四五円で一般競争入札により売却していることからもうかがわれる。

4  本件売買物件によれば、本件土地の所有権及び公租公課の負担は、本件売買契約締結の日である昭和五一年八月二〇日に被告荒川区に移転し、かつ、売買代金もその約九七パーセントに相当する金額が右契約締結後わずか二週間以内に支出されているのであるから、本件土地の果実は、本件売買契約締結以後被告荒川区に帰属するものである。しかしながら、被告コロナらは、本件売買契約締結以後も本件土地を駐車場として第三者に貸与し、少なくとも本件土地引渡しの日までの七箇月間に合計四二〇万円(本件土地には常時四〇台の車が駐車していたところ、一台の駐車料金は一箇月当たり一万五〇〇〇円であつたから一箇月の収益を六〇万円として計算した。)を利得していた。そして、同被告らは、次のとおり、本件土地の総面積に対する被告コロナらが従前所有していた土地の面積の割合(被告コロナ、同山口は、それぞれ八九・五四パーセント、一〇・四六パーセントである。)に応じた金額を利得していたというべきである。

(一) 被告コロナ 四二〇万円×〇・八九五四=三七六万〇六八〇円

(二) 同山口   四二〇万円×〇・一〇四六=四三万九三二〇円

したがつて、被告荒川区は、同コロナらから右利得に相当する金額を徴収すべきであるところ、被告國井らはこれを怠つている。

5  被告荒川区は、同國井らの前記3の違法な行為によつて、本件土地の代金額(三億三二六一万九七四五円)と本件土地の昭和五一年八月二〇日当時の客観的に適正な価額(本件鑑定価格二億三七〇六万一〇〇〇円)との差額に相当する九五五五万八七四五円の損害を被つた。

6  原告らは本訴提起にあたり、原告ら訴訟代理人らとの間で、手数料、謝金として合計一〇〇〇万円を支払うべきことを約し、同訴訟代理人らに対し右同額の債務を負担した。

7  原告らは昭和五三年三月一四日、荒川区監査委員に対し、本件売買契約の締結、財産の取得、公金の支出が違法であること及び被告コロナらが本件売買契約締結後も取得している駐車場料金に相当する金員を同被告らから徴収するのを怠つていることは違法であるとして、監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)が、荒川区監査委員は同年五月九日到達の書面をもつて右請求は理由がない旨の通知をした。

8  よつて、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、被告荒川区に代位して、同國井らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として各自九五五五万八七四五円、被告コロナ、同山口に対し、不当利得返還請求としてそれぞれ三七六万〇六八〇円、四三万九三二〇円及びこれらに対する訴状送達の翌日以後である昭和五三年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに地方自治法二四二条の二第七項に基づき、被告荒川区に対し、弁護士費用一〇〇〇万円及びこれに対する判決言渡しの日の翌日である昭和五七年七月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の主張

1  被告國井ら

(一) 原告らは、本件土地の取得及び公金の支出について固有の違法事由を主張せず、売買契約締結の違法のみを主張するのであるから、地方自治法二四二条二項所定の監査請求期間は、本件売買契約の締結された昭和五一年八月二〇日から起算すべきである。そうすると、原告らが本件監査請求をしたのは昭和五三年三月一四日で、右契約締結時より一年を経過した後であるから、本件監査請求は違法である。

(二) 財産の取得及び公金支出の違法をいう点については、財産(本件土地所有権)の取得は本件売買契約が締結された昭和五一年八月二〇日に完了しており、公金の支出は同年九月三日に三億二二六一万九七四五円、昭和五二年四月五日に一〇〇〇万円が支出されているから、昭和五三年三月一四日にされた本件監査請求は、財産の取得及び昭和五一年九月三日の公金の支出より一年を経過した後である。

なお、契約の内容が継続的な法律関係をその内容とするとき(例、賃貸借契約)、又は契約の締結だけでは地方公共団体に損害が発生しないとき(例、債務保証契約)等は、契約の終了時又は損害の発生時より監査請求期間が進行すると解すべきであるとしても、本件のような売買契約にあつては、一回の給付を目的とするものであつて、反覆性、継続性に欠けるから、監査請求期間の起算点を履行の完了時にする必要性も必然性もない。

したがつて、本件監査請求は違法であるから、被告國井らに対する本件訴えは不適法である。

2  被告鈴木及び斎藤

地方自治法二四二条の住民監査請求は、同法二四二条の二に規定する住民訴訟と相まつて、住民による普通地方公共団体の具体的な執行機関又は職員の具体的な違法又は不当な行為等を予防、是正するための特別な制度であるから、右制度の趣旨、目的からすれば、住民監査請求の対象は特定の職員の特定の違法ないしは不当な行為であると解すべきであり、この点は同法二四二条一項、二四二条の二第一項本文、同項四号の文理解釈からも明らかである。したがつて、監査請求の段階で違法又は不当な行為の行為者を指摘することが必要なのである。また、監査請求を受ける職員の立場からしても、自己の行為を反省し、違法であると思料するときはこれを除去・是正する機会が与えられるべく、職員が特定される必要がある。ところで、原告らがした本件監査請求の請求の趣旨及び理由には、「区長国井郡弥、助役片見秀夫等の任務違背行為により……」等との記載がされているにすぎず、措置請求に関する意見陳述要旨及び監査結果においても、監査対象とされているのは被告國井及び同片見の行為のみであつて、被告斎藤自身も自らの行為が監査対象となつているとの意識を全く持つていなかつたから、結局、原告らが本件監査請求の対象としたのは、被告國井及び同片見の行為だけであることが明らかである。したがつて、被告鈴木及び同斎藤に対する本件訴えは、監査請求前置の要件を欠く違法がある。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実について (一)、(二)(1)は認める。(2)のうち、被告片見が交渉に関与していたことは否認するが、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実について 冒頭の主張は争う。(一)のうち、公有財産の取得等について審議機関を設置している特別区が存すること及び本件土地取得の際に右のような審議機関を設置していなかつたことは認めるが、その余は否認する。(二)(1)のうち、日照権等をめぐる付近住民との住民運動が発生したことは認める。(2)は否認する。(3)のうち、被告片見が東京都に紹介したとの点及び本件土地を購入する必要性がなかつたとの点は否認する。(4)のうち、本件鑑定価格が二億三七〇六万一〇〇〇円であつたこと及び本件区有地を売却したことは認める。

4  同4の事実のうち、本件土地の所有権が昭和五一年八月二〇日に被告荒川区に移転したこと、売買代金の約九七パーセントに相当する金額が本件売買契約締結後二週間以内に支出されていること及び被告コロナらが本件土地の引渡期日である昭和五二年三月三一日まで本件土地を駐車場として使用していたことは認めるが、その余は否認する。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実は不知。

7  同7の事実は認める。

四  被告らの主張

(被告國井らの主張)

1 地方公共団体と職員との関係は、住民全体の利益のために奉仕すべき特別の勤務関係であり、純然たる私法上の関係に還元することは相当でない。したがつて、地方公共団体は、その職員に地方自治法二四三条の二の賠償責任が及ぶ場合には民法上の不法行為責任を追及することはできない(同条九項)。原告らは、本訴においては本件売買契約締結(支出負担行為)の違法のみを主張するものであるから、被告國井らの賠償責任の有無は民法七〇九条、七一九条ではなく、地方自治法二四三条の二に基づきこれを決すべきである。ところで、同条に基づく職員の賠償責任は公法上の責任であり、地方公共団体の長が損害発生の認定をすると、その求めに応じて監査委員が賠償責任の有無及び損害額の決定をし、この決定に基づいて長が賠償命令を発する(同条三項)。この賠償命令に不服がある者は不服申立てをすることができる(同条六項)、とされている。以上の規定の構造から判断すると、地方自治法は、長の賠償命令を経由しない以上、地方公共団体に具体的な賠償請求権は発生しないとの建前を採用していると解される。本件において区長の賠償命令は発せられていないから、被告荒川区は、同國井らに損害賠償請求権を有しない。

2 本件売買契約の締結は、以下に述べるとおり適法である。

(一) 地方公共団体の長は、各種の複雑多岐にわたる行政需要のなかで、事業の優先度と財政運営の効率性とのバランスを考慮して、高度の政策的見地からその権限を行使するものであるから、どのような土地を取得して、どのような公共施設を設置するか、また、その契約内容をどのように決定するかは、長の合理的判断に基づく広範な裁量に委ねられている。したがつて、その決定を違法と評価するのは、行政当局の責任ある判断として尊重するに値しないほどの顕著な過誤ないし不合理のあることが明らかであるような事由が存する場合に限られるというべきである。

(二) 右に述べた立場から検討すると、本件売買契約の締結には、違法と評価される事由は次に述べるとおり全く存在しない。

(1) 本件土地を保育園用地として取得する必要性は高く、その取得は荒川区が策定した公共施設整備計画に適合するものであつた。すなわち、荒川区のうちでも日暮里地区(特に西日暮里地区)は、町屋、尾久、荒川地区よりも都心に近く、地価も高く、過密化が著しいため、特に用地取得が難しい地域である。そのため、荒川区の公共施設は比較的用地取得が易しい町屋、尾久地区に偏在する傾向にあり、昭和四八年度から同五〇年度の荒川区公共施設整備計画においても、荒川区全体で保育所を三箇所建築する計画のところ、日暮里地区の一箇所については用地取得交渉が難航し、昭和五〇年度までに用地を取得することができなかつた。その結果、特に西日暮里地区においては、昭和五〇年度における保育率(〇歳から五歳人口における保育園児の割合)の達成率は、他地区が最低でも一二パーセントを超えているのに対し、同地区はわずかに九・八九パーセントにすぎなかつた。したがつて、昭和五一年度から同五三年度までの公共施設整備計画では、保育所を四・三箇所建築する計画のところ、うち二箇所は日暮里地区、特に西日暮里地区に最優先に建築する予定であつた。

(2) 本件売買契約は随意契約により締結されたが、この場合荒川区においては予定価格を定めることが義務づけられている。予定価格は、契約の相手方の申し出た価格の適否を判断する基準にすぎず、また鑑定がされた場合でも、鑑定価格は予定価格算定の参考に供されるにすぎないから、予定価格、さらには売買価格が鑑定価格を超えたとしても、売買契約の締結が違法となるものではない。また、不動産の時価は需要の状況や個別的要因等に影響されながら、売買当事者の交渉によつて決定されるものであり、区長が用地確保の重要性、交渉の経緯から当初の予定価格を増額し、売買の成立を図ることは当然許されるのである。本件売買契約における価格も相当な金額であつて、著しく不相当に高額な売買価格を約定したものではない。

(3) 被告國井らは、本件土地の取得に際し、被告コロナらと熱心に交渉を重ね、売買価格の減額に最大限の努力を傾注して、その職務を尽したものである。すなわち、被告斎藤は、昭和四九年一二月二三日被告山口に対し本件土地を本件鑑定価格である平米当たり二五万三〇〇〇円(坪当たり八三万六〇〇〇円)で購入したいと申し入れたが、同被告は、二〇〇万円近い価格を主張したため交渉を中断した。その後交渉が再開されたが、同被告は同五一年四月には坪当たり一三〇万円程度を主張し、合意には達しなかつた。そこで、被告片見らは、予定価格を改めて坪当たり一一〇万円と定め交渉したが、進展しなかつた。しかし、その後も再三交渉を続けたところ、被告山口は、同年七月になつてようやく、被告斎藤らが譲歩した坪当たり一一八万円に歩み寄り、かつ、本件土地の区画整理による清算金一三四万三七九〇円も被告荒川区に帰属させることを認めた。さらに昭和五二年三月三一日まで駐車場として賃貸している本件土地の駐車場使用収益金及び倉庫使用料合計二五〇万円を被告荒川区に帰属させ、代金から差し引くこととなつた。結局同年八月九日の交渉において前記本件売買契約に定める内容で合意に達し、被告國井の決裁を受けて、同月二〇日本件売買契約が締結されたものである。

右のうち、被告山口に対し提示した予定価格である坪当たり一一〇万円との金額は、次のような根拠に基づくものである。すなわち、本件土地の周辺は、地下鉄が昭和四四年に開通し、国鉄が同四六年に国電西日暮里駅を開設し、放射一一号線が同五〇年六月に完成し、さらに土地区画整理事業が同五一年九月に完了する見通しであつたから、一般の地価動向とは異なり地域要因の好転に伴つて地価も上昇傾向にあつた。したがつて、被告荒川区としても、本件鑑定価格を時点修正して再評価する必要に迫られ、被告斎藤が左記(ア)ないし(エ)記載の資料を基礎として試算したところ、その結果を平均すると坪当たり一一三万ないし一一八万円となつた。そこで、被告片見、同鈴木とも協議した結果、公共用地の取得である点を考慮し、予定価格を坪当たり一一〇万円としたのである。

(ア) 資料1 公示価格

東京都荒川区西日暮里二丁目一八番三号所在の土地(以下「本件公示土地」という。)は、昭和五一年一月一日の時点で公示価格が坪当たり一二五万六一九八円であつた。右土地は日暮里駅前広場に接面した土地であるが、本件土地は西日暮里駅に近く、立地条件も右土地に類似している。現に社団法人宅地建物取引業協会の昭和五〇年三月一日現在の地価図でも、日暮里駅前付近の土地も西日暮里駅前道灌山通り付近の土地もほぼ坪当たり一五〇万円という評価を受けていたのであり、後者の土地の価額は本件公示土地とほぼ同一程度と判断された。次に、一般に公示価格は時価より二、三割低額であるから、右公示価格に二〇パーセントの増価を、本件土地が道灌山通りの裏にあるので三〇パーセントの減価(本件土地の相続税路線価は、道灌山通りに面している土地に比べ、三〇パーセント減価されている。)を、本件土地は三方が角地であるから、東京都損失補償基準に従い五ないし一〇パーセントの増価をそれぞれ行うと、本件土地は坪当たり一一三万ないし一二〇万円と評価された。

(イ) 資料2 取引事例(1)

本件区有地は昭和五一年三月一九日坪当たり七四万四五四五円で売却処分されたが、被告荒川区が鑑定評価を委託した安田信託の昭和五〇年九月一一日付の鑑定書によると、右区有地は袋地である等の理由で標準価格を二五パーセント減価補正して価格決定されているところ、本件土地には右のような減価要因はないから、右売却価格に三〇パーセントを加え、本件土地と比べ右土地は西日暮里駅から二〇〇メートルとより離れているので五パーセントを加え、さらに本件土地は三方が角地であるから五ないし一〇パーセントを加えると、本件土地は坪当たり一〇六万ないし一一一万円と評価された。

(ウ) 資料3 取引事例(2)

当時の情報によると、巣鴨信用金庫が、本件土地の南側で道灌山通りに面した西日暮里五丁目二五番の土地の借地権を坪当たり一二〇万円(所有権では一七〇万円)で買い受けたとのことであつた。本件土地は右土地の裏通りに当たるので、前記に従い右所有権価格に三〇パーセントの減価を行い、坪当たり一一九万円と評価された。

(エ) 資料4 相続税路線価

本件土地付近の相続税路線価は、昭和五一年度を一〇〇とすると昭和五〇年度が八九、同四九年度が五四と指数化されており、昭和四九年から同五一年までの二年間に約二倍となつている。しかしながら、上昇率をひかえめに算定して本件鑑定価格に三五ないし四六パーセントを加えると、本件土地は坪当たり一一三万円ないし一二二万円と評価された。

3 本件売買契約の締結は、区長である被告國井の権限でなし得るものであつて区議会の議決を要しない事項であるが、区議会は、区の執行機関が予算の執行として行つた本件売買契約の締結について、その問題点を明確に認識したうえで実質審議を行い、適法かつ妥当である旨確認して本件売買契約に関する起債及び歳入・歳出についての補正予算及び決算を議決した。したがつて、仮に本件売買契約の締結に何らかの違法があつたとしても、その違法は右議決により治癒されたものというべきである。

4 仮に被告國井らに民法上の責任が追及されるとしても、国家賠償法の精神から地方公共団体とその職員との間の勤務関係は公法関係に属するという特殊性を考慮して職員に故意又は重大な過失があるときに限つて損害賠償義務を負うと解するのが相当である。けだし、国家賠償法一条二項は公務員は故意又は重大な過失があるときに限つて国又は地方公共団体から求償されると規定しているが、その趣旨は、軽過失の場合までも求償義務があるとしては、公務員が職務の執行について躊躇するようになり、正当な職務の執行さえ十分に行いえなくなることがあるから、これを防止するという政策的な理由に基づくものである。そして、この趣旨は職員が地方公共団体に対して直接損害賠償義務を負う場合にもあてはまる。これを本件についてみると、被告國井らには本件売買契約締結について毫も過失はなく、ましてや故意・重過失は存しない。

(被告コロナら)

本件売買契約においては、契約締結日の翌日である昭和五一年八月二一日から土地引渡日である同五二年三月三一日までの駐車場使用収益金と倉庫使用料合計二五〇万円(被告コロナ分二二三万八四八一円、同山口分二六万一五一九円)を被告荒川区に帰属させて売買代金から差し引いているので、被告コロナらに何らの利得もない。

五  被告らの主張に対する原告らの認否

(被告國井らの主張に対する認否)

1 被告國井らの主張1、2(一)、(二)(1)、(2)は争う。

2 同2(二)(3)の事実のうち、本件鑑定価格の坪当たり価格が主張のとおりであること、昭和五一年八月二〇日本件売買契約が成立したこと、西日暮里駅が開設されたこと、放射一一号線が完成したこと、土地区画整理事業が完了する見通しであつたこと及び(イ)のうちの本件区有地が売却処分されたことは認めるが、その余は不知。

3 同3及び4は争う。

(被告コロナらの主張に対する認否)

被告コロナらの主張は不知ないし争う。

六  原告らの反論

1  被告國井らの本案前の主張について

(一) 本件監査請求については、荒川区監査委員が地方自治法二四二条二項の期間内にされた適法な監査請求として受理したうえ監査をしている以上、本訴において監査請求の期間徒過を問題とする余地はない。

(二) 同法二四二条二項所定の「当該行為の終わつた日」とは、当該行為又はその効力が相当期間継続性を有するものについては、当該行為又はその効力の終了した日のことを指すと解すべきである。すなわち、(1) 売買契約の履行に関する残金の支払等は、売買契約の内容又は効力としての一連の行為であるから、本件売買契約についてその「当該行為の終わつた日」とは、本件売買契約の履行の完了した日である昭和五二年四月五日と解すべきである。(2) 公金支出について固有の違法事由は存しないが、前記のとおりこれに先行する売買契約の締結に違法があるから、ひいては公金の支出についても違法があることとなり(同法二三二条の四は出納長又は収入役に対し、長の支出命令とは別個、独自に支出負担行為について法令又は予算に違反していないことを支出前に確認する義務を課している。)、各公金の支出を一連のものとみて最終の支出のされた日をもつて「当該行為の終わつた日」と解すべきところ、本件においては、昭和五二年四月五日に最終の支出がされている。(3) 売買契約の締結、代金の支払、占有の移転その他の履行行為等は、同法二四二条一項所定の「財産の取得」を構成する各要素たる行為であるから、これらの要素の一に違法があるときは全体としての財産の取得が違法となるというべきところ、本件土地の取得は、昭和五二年四月五日に残金の支払と引換に本件土地を引渡されたことによつて完結したのであるから、右の日から監査請求期間を起算すべきである。

そうすると、昭和五三年三月一四日にされた本件監査請求は、監査請求期間内にされた適法なものであることが明らかである。

2  被告鈴木及び同斎藤の本案前の主張について

(一) 監査請求の対象は客観的な行為等であつて、特定の職員ではない。したがつて、監査請求の趣旨、理由中に特定の職員の氏名の記載がされることがままあるとしても、それは行為等を特定し、かつ、地方自治法二四二条一項が除外する議員又は議会の行為等でないことを明らかにする要請に応えるものにほかならない。けだし、同法が住民訴訟の提起に先だつて住民監査請求を経ることを要するとした趣旨は、監査委員による監査機能の十全な行使とこれに基づく当該地方公共団体の自主的な行政措置による解決に期待しようとしたためであるところ、監査委員は、いつでも職権で監査をすることができる(同法一九九条四項)し、監査のために必要があるときは必要な調査等をすることができる(同条七項)。そうすると、住民がする監査請求は、監査委員がその監査権限の発動をするのに支障がない程度の特定がなされれば足りるのであつて、本件監査請求においてこの特定は十分にされている。また、地域住民は行政内部の事情に疎いのが通常であるから、監査請求の段階で違法な行為等に関与した全ての職員を、氏名など詳細にわたつて特定しなければならないとすることは住民に不能を強いるものである。

(二) 仮に監査請求の対象に人的要素が含まれているとしても、本件監査請求書では、「等」又は「ら」という表示で被告國井及び同片見以外の他の職員も監査請求の対象としており、被告鈴木及び同斎藤は右表示の中に含まれているのである。

3  被告國井らの主張について

(一) 同被告らの主張1は地方自治法二四二条の二と二四三条の二の規定を混同するものである。同法二四二条の二第一項四号に定める損害賠償請求は、民法上の不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償であるから、同法二四三条の二の職員の賠償責任とは関係がない。仮に同法二四二条の二第一項四号に定める代位による損害賠償請求訴訟に同法二四三条の二の監査委員の決定や長の賠償命令が必要とすると、住民訴訟により損害賠償を求めることをほとんど否定するに等しいこととなる。また、同条は特定の職員の損害賠償責任について規定するのみであつて、他の執行機関もしくは職員を対象とする請求又は不当利得返還、原状回復、妨害排除の請求には無関係であるから、この間の権衡を保つためにも、住民訴訟については同条の適用はないと解すべきである。同条九項は、単に同条一項の規定によつて損害を賠償しなければならない場合にのみ、賠償責任に関する民法の規定の適用を排除しているにとどまるから、文理上、同条一項の規定によらない場合又は同条の規定による賠償責任が生じない場合には、民法の規定が排除されるものではないのである。

(二) 被告荒川区は、被告山口が本件鑑定価格以上の価格を固執するのであれば、本件土地を購入すべきではなかつた。また、被告國井らの主張する予定価格の坪当たり一一〇万円は本来なすべきである再鑑定を怠つたうえ、次のとおり全く合理的根拠を欠いたものであり、さらに右予定価格さえも超過した価格で購入していることからすると、被告斎藤らが減額に努力したということはできないものというべきである。

すなわち、昭和四九年から同五一年の間は、いわゆる石油シヨツクの影響で全国的に土地の価格が下落した時期にあたり、本件土地もその例外ではない。被告國井らは地域的要因が好転したと主張するが、地下鉄の開通、国電西日暮里駅の開設は安田信託が鑑定をした昭和四九年一二月よりはるか以前のことであり、放射一一号線の完成、土地区画整理事業の完了予定との事由も、本件土地付近においてはすでに右鑑定時に完成済みであり、当然右鑑定の要素となつていることは明白である。そして、被告斎藤らが本件鑑定価格を見直す際に使用したと主張する資料も、次のとおり右予定価格を正当化し得る資料にはなり得ないものである。まず資料1につき、本件公示土地は、日暮里駅前広場に接面した商業地域に指定されている土地であるが、本件土地は準工業地域で、建ぺい率、容積率等からして立地条件が著しく違い、西日暮里駅前道灌山通りに比しても右本件公示土地の方が高いのは明らかである。次に資料2については、本件区有地は競争入札の結果売却されたものであり、入札者がその土地を特別に欲する場合には時価より相当程度高価格になるのが通例である。右区有地の鑑定価格は平米当たり一四万六〇〇〇円であり、これが適正価格である。資料3についても、このような地域で借地権価格を七割とみることも問題であるが、そもそも右価格自体うわさにすぎない根拠薄弱なものである。さらに、資料4についても、仮に本件土地の相続税路線価が二倍になつたとしても、放射一一号線の開通と区画整理の完成とがその要因となつていることは明らかであるところ、本件鑑定価格はすでに右事実を考慮済みである。なお、路線価は一月一日現在のものであるところ、本件鑑定価格は昭和四九年一二月一〇日時点であるから、むしろ昭和五〇年度の路線価で比較すべきものである。

(三) 補正予算及び決算について議会の議決がされたことは、単に公金の支出が議会の議決に基づくことを要するという予算、決算の議決主義の要請に従つたことを意味するにとどまり、違法な公金の支出が適法な支出に転換する効果をもち得るものではない。

(四) 地方自治法二四二条の二第一項四号に定める損害賠償請求は、民法上の不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償であるから当該職員に軽過失がある場合にも適用されることは当然である。同号は故意又は重過失のある場合に限定していないし、国家賠償法一条二項の規定も類推適用すべきではない。けだし、同項は求償権の制限の規定であつて、職務専念義務を負つている公務員が雇用者である国又は地方公共団体に直接損害を加えた場合に関する規定ではないから、これを類推すべき理由はない。また、前記損害賠償請求訴訟において被告適格を有する者は当該違法行為をした公務員には限らないところ、非公務員は右条項を類推適用する余地がないので軽過失でも責任を負うこととなり、公務員は軽過失について責任を負わないこととなつて、著しく公平を欠くし、公務員と非公務員との共同不法行為(軽過失)によつて地方公共団体に損害を与えた場合には複雑な求償問題を生ずるからである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  訴えの適否について

1  被告國井らの本案前の主張について

被告國井らは、本件監査請求は、監査請求期間を徒過した後にされた違法があると主張する。

地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟を提起するには、適法な監査請求を経ていることを要するが、同法二四二条二項は、監査請求につき、「当該行為のあつた日又は終わつた日から一年を経過したときは、これをすることができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」と規定する。そこで同項に規定する監査請求期間の起算日が問題となるが、同法二四二条一項、二四二条の二第一項は住民監査請求及び住民訴訟の対象となる財務会計上の行為を個別的に限定列挙しているから、それぞれが独立して監査請求及び住民訴訟の対象となりうる適格を有しているとみられること、同法二四二条二項が監査請求に期間制限を設けているのは地方公共団体の機関又は職員の行為をいつまでも争いうる状態にしておくことが法的安定の見地からみて妥当でないとの趣旨にでたものであることにかんがみると、同項の監査請求期間遵守の有無も監査請求の対象とされる各個の財務会計上の行為ごとに判断すべきものと解される。

本件においては、売買契約の締結が違法であり、したがつて右契約に基づく公金の支出及び財産の取得が違法であるとして監査請求がされているというのであるから、売買契約の締結については契約の締結日から、公金の支出については各支出日から、財産の取得については当該財産を取得した日からそれぞれ監査請求期間を起算すべきである。

これに対し原告らは、契約の締結、公金の支出、財産の取得を一連の行為とみて最終的に残代金が支払われ、引渡しを了して履行が完了した日が当該行為の終わつた日であると主張する。しかし、前記のように同法二四二条一項は、契約の締結、公金の支出、財産の取得を別個の財務会計上の行為として各別に監査請求、住民訴訟の対象として規定しており、数回の公金の支出もそれぞれ別個の財務会計上の行為として把握することができ、当該行為の違法性、損害の有無についても各別に問題としうる以上、監査請求期間も個々の財務会計上の行為ごとに判断すべきである。のみならず、原告らのような見解をとると、公金の支出が長期間にわたるときは長期間契約締結の違法を主張して監査請求をすることができることとなつて、監査請求に期間制限を設けた前記の趣旨が没却されることとなる。したがつて、原告らの右主張は採用することができない。

これを本件についてみると、被告荒川区が昭和五一年八月二〇日被告コロナらとの間で本件土地につき請求原因2記載のとおりの本件売買契約を締結し、同日本件土地の所有権を取得したこと、同年九月三日被告コロナ及び同山口に対し、本件土地代金の一部としてそれぞれ二億八八八二万五一二一円及び三三七九万四六二四円を、昭和五二年四月五日に残代金としてそれぞれ九〇〇万円及び一〇〇万円を支払つたこと、同五三年三月一四日原告らが本件売買契約、公金の支出、財産の取得が違法であるとして荒川区監査委員に対して本件監査請求をしたことはいずれも各当事者間に争いがない。

以上によれば、被告荒川区は昭和五一年八月二〇日本件売買契約の締結とともに本件土地の所有権を取得したものであるから、本件監査請求のうち違法な契約の締結及び財産取得を理由とする部分は監査請求期間を徒過した違法があり、また、公金支出の違法を理由とする部分のうち同年九月三日の支出分については、同様監査請求期間を徒過した違法があるといわなければならない。

原告らは、本件監査請求は荒川区監査委員によつて適法な監査請求として受理され、監査されている以上、本訴において監査請求の期間徒過を問題とする余地はない旨主張する。しかしながら、地方自治法二四二条の二は適法な監査請求の前置を要求しているものであるから、たとえ監査委員が不適法な監査請求を誤つて適法な監査請求として処理したからといつて、不適法な監査請求が適法と確定するものではない。したがつて、原告らの右主張は失当である。

ところで、原告らの被告國井らに対する本訴請求の要旨は、本件売買契約には同被告らが公務員としての職務専念義務等に違反して締結した違法があるため、本件土地の取得も違法であり、右契約に基づく昭和五一年九月三日、同五二年四月五日の二回にわたる本件土地代金支払のための公金支出のうち九五五五万八七四五円は違法な支出であるから、同被告らは被告荒川区に生じた右の損害を賠償すべき責任がある、というものである。原告らの主張する本件売買契約の違法、財産取得の違法、公金支出の違法は、いずれもその違法事由、損害の内容を同一にするものであることはその主張に照らし明らかであり、本件売買契約締結後一年を超えて本件監査請求がされたことは前示のとおり原告らも自認しているのであるから、結局原告らの請求は、二回にわたる公金支出の違法を理由に損害の賠償を求めることに帰着するというべきである。そうすると、被告國井らに対する本件訴えのうち昭和五一年九月三日の公金支出に関する部分は、前記説示のとおり適法な監査請求を経ていないから、不適法として却下を免れない。

2  被告鈴木及び同斎藤の本案前の主張について

被告鈴木及び同斎藤は、本件監査請求の対象とされていなかつたから、同被告らに対する本件訴えは不適法であると主張する。

本件売買契約が締結された当時被告國井が区長、同片見が助役、同鈴木が総務部長、同斎藤が総務部財務課長の地位にあつたこと、同鈴木、同斎藤が本件売買契約の締結、交渉、代金の支出等を直接担当していたことは、各当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証によれば、原告らは、本件土地取得のための公金の支出は違法かつ不当な支出であり、これにより被告荒川区は莫大な損害を受けたが、これは区長、助役らの任務違背行為によりもたらされたものであるとして本件監査請求をしたこと、荒川区監査委員は、監査に際し区長、助役のみならず、企画部企画課及び総務部財務課をも監査対象として、被告鈴木、同斎藤を含む区の担当者の行為について調査、検討した結果、監査結果を通知したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、本件監査請求は、区長、助役をはじめとし本件土地取得に関与した荒川区の職員を対象として本件土地取得に関連する責任を追求しようとした趣旨であると解することができるから、総務部長、財務課長の地位にあつた被告鈴木、同斎藤が本件監査請求の対象となつていなかつたとはいえない。よつて、同被告らの主張は理由がない。

二  被告國井らに対する請求について

1  以上説示したところによれば、被告國井らに対する本件訴えのうち、昭和五二年四月五日の公金支出に関する部分は適法であるが、右公金支出の違法事由につき原告らの主張するところは、本件売買契約の締結については被告國井らが公務員としての職務専念義務等任務に違背した違法がある結果、その履行行為である公金の支出も違法であるというのである。

しかしながら、原告らの主張する公務員としての任務違背は、公務員が地方公共団体に対して一般的に負う責務であつて、仮に原告ら主張の事由が認められるとしても、本件売買契約の私法上の効力が左右されるものではなく、原告らもまた、本件売買契約の私法上の効力を否定するものでないことはその主張に照らし明らかである。

そうすると、本件売買契約が有効である以上、被告荒川区は右契約に基づく代金支払義務を免れないものであるから、原告ら主張の本件売買契約の違法事由は、その履行行為として行われる公金支出の違法事由を構成するものではないといわなければならない。してみれば、公金の支出が違法であることを前提とする原告らの被告國井らに対する請求は理由がないものというべきである。

2  のみならず、以下述べるように、本件売買契約の締結につき原告ら主張の違法はないから、いずれにしても原告らの被告國井らに対する請求は理由がない。

(一)  原告らは本件土地取得に際し審議機関を設置しなかつたから、本件売買契約は違法であると主張する。

地方公共団体が不動産を購入する場合には、特段の法令上の制限の存しない限り、その購入の可否及び契約内容の決定は、購入の必要性、代替可能性、価格、交渉経過等諸般の事情を総合考慮したうえでなされる長の合理的な裁量に委ねられていると解すべきである。

本件売買契約締結に際し、その可否等を審議する審議機関を設置しなかつたこと及び右のような審議機関を設置している特別区もあることは、各当事者間に争いがない。しかしながら、本件土地の取得に際し、原告らの主張するような審議機関を設置してその審議を経なければならない旨の法令上の根拠は、何ら見出せないので、その当否は別として右審議機関を設置しなかつたことは本件売買契約の違法事由となるものでないことは当然である。したがつて、原告らの右主張は理由がない。

(二)  次に、原告らは、本件売買契約には公務員の職務専念義務等任務に違背して不当に高額な代金額を定めた違法があると主張する。

(1) 前記各当事者間に争いがない事実、前掲甲第三号証、成立に争いのない甲第二六号証、乙イ第一号証の一ないし四、第二、第三号証、第一三号証、第一七、第一八号証、乙ハ第一号証(甲第二六号証については原本の存在についても争いがない。)、証人田中恒二の証言により原本の存在及び成立を認めうる甲第二四号証、同証人の証言及び被告本人斎藤正、同山口裕の各尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(イ) 日暮里地区は荒川区の中でも都心に近接し、地価も高く、過密化しているため公共用地を取得することが困難で、公共施設が尾久、町屋、荒川等の地区に偏在する傾向にあつた。保育所についても同様で、昭和四九年一月一日現在における達成保育率(当該地域における〇歳から五歳までの人口に対する保育所定員数の割合)は、荒川区全体では一五・三四パーセントであるのに対し、西日暮里地区は九・八九パーセントと最低で、次に低い東日暮里地区でも一二・一〇パーセントであつた(なお、要保育児童数に対する保育所定員数の割合は、荒川区全体では八四・五七パーセントであるのに対し、西日暮里地区は五四・五二パーセントと最低であり、次に低い東日暮里地区でも六六・六七パーセントであつた。)。被告荒川区は昭和四八年、本件土地付近の用地取得に失敗した事情もあり、西日暮里地区に用地を確保し保育所を建設する必要性が強く、昭和五〇年度及び同五一年度から始まる各公共施設整備計画(各三年間)においては、昭和五二年度に西日暮里地区において保育所を建設する計画が定められていた。右のような事情から保育所建設用地として場所的面積的に適した本件土地を取得することとしたものであつた。

(ロ) 本件売買契約の締結に至る交渉経過は次のとおりである。すなわち、被告荒川区は、昭和四九年一〇月頃、本件土地についての情報がもたらされると、まず被告コロナらに対し譲渡を申し入れた後、購入価格決定の重要な参考資料とするため安田信託に本件土地の鑑定を委嘱して昭和四九年一二月一〇日時点における本件鑑定価格(平米当たり二五万三〇〇〇円、坪当たり八三万六〇〇〇円、右坪当たりの価格については各当事者間に争いがない。)を得、同月二三日、被告斎藤らが同山口に対し右価格で買い入れたい旨申し入れた。しかし、銀行筋等からの情報により坪当たり二〇〇万円近い価格を得ていた同被告は、予想額の半分以下であること、本社移転の利点がなければ移転の必要性はないことなどを主張したため、交渉の見通しは極めて暗かつた。そのため、その後一年余にわたつて交渉は中断されたが、前記取得の必要性にかんがみ、昭和五一年一月に至つて区側は交渉再開を申し入れた。しかし、被告山口は、坪当たり一六〇万円位、同年四月五日には坪当たり一三〇万円位の意向を示した。区側は、本件鑑定後昭和五〇年六月放射一一号線が開通し、区画整理事業の完成とあいまつて、西日暮里駅近くの立地条件もよくなるなど地域要因の好転に伴い地価が上昇傾向にあつたことにかんがみ、本件鑑定価格を被告斎藤らが、被告國井らの主張2(二)(3)記載のとおりの方法で公示価格、取引事例、相続税路線価を参考にして見直し、坪当たり一一三万ないし一一八万円との結論を得たが、被告片見、同鈴木とも協議のうえ、公共用地の取得である点を考慮し予定価格を坪当たり一一〇万円と定めて、同年五月一三日、右価格を提示して交渉に当たつた。しかし、その後の数度にわたる交渉においても被告山口の態度が強硬であつたため、同年六月一八日坪当たり一一五万円の価格を提示し、その後数回にわたる交渉で、坪当たり一一八万円で交渉がまとまり、さらに代金額、代金支払方法、土地引渡時期等において双方が譲歩し、後記認定のとおり駐車場使用収益金等を右代金額から差し引いた結果、同年八月二〇日本件売買契約が締結された。

(ハ) 本件土地の昭和五一年八月二〇日当時の価格につき、荒川区監査委員は、財団法人日本不動産研究所(以下「日本不動産研究所」という。)及び安田信託に対し、鑑定を委嘱したところ、いずれも中層の共同住宅又は店舗等の敷地としての利用を前提とし、日本不動産研究所は、昭和五三年三月三一日に、三〇〇平方メートル程度の整形地を基準として取引事例比較法(八六平方メートルから一〇〇〇平方メートル程度の土地の取引事例六例を使用。)、収益還元法等に基づき鑑定評価を行つて二億八九一六万円(平米当たり三〇万八〇〇〇円)と、安田信託は、昭和五三年三月二三日に、一〇〇平方メートル程度の標準画地を基準として取引事例比較法(七三・八一平方メートルから一一七平方メートルの土地の取引事例三例を使用。)等に基づき面大減価(一〇パーセント)も考慮して鑑定評価を行い二億九六九五万五〇九二円(平米当たり三一万六三〇〇円)と鑑定した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2) 原告らは、被告コロナらは本件土地上に建設を予定していたビルの建築を断念して、被告荒川区に対して公共用地として売却したい旨を申し出ていたからこの点を価格決定上の重要な要素として考慮すべきであると主張する。

本件土地について、被告コロナらと付近住民との間で日照権をめぐる住民運動があつたことは各当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一四号証、第一六号証及び被告本人山口裕の尋問の結果によれば、本件土地には被告コロナの四階建ての本社ビル等が建築されていたが、再築することとなり、昭和四八年一〇月二三日に、地上六階地下一階、建築面積六五五・四七七平方メートル、高さ二四・五メートルという規模のビルの建築確認を得て、建築工事に着工したところ、日照権をめぐる住民運動が発生して(この点は、各当事者間に争いがない。)、右建築工事を中止したこと、東京都は本件土地を勤労福祉会館等建設候補地として昭和四九年一一月二一日調査したが、その調査票には、所有者の意向として公共用地として売却したい旨の記載のあることが認められる。右認定の事実によれば、被告コロナらが本件土地を公共用地として売却してもよいとの意図を有していたことを推認できないわけではないが、前記の交渉の経過等に照らし、特に売り急いでいたと認めることはできないから、本件土地の代金額が不相当に高額であつたと推認する理由にはならない。

(3) 次に、原告らは、本件土地は住民運動のため高層建物の建築が不可能であつた旨主張する。

前掲甲第一六号証によれば、東京都は昭和四九年一一月二一日、本件土地を勤労福祉会館等建設候補地として調査したが、日照権確保を主張する住民の説得が困難であること及び右建設用地としては土地が狭隘であること等から、取得を断念したことが認められる。しかしながら、仮に高層建築物の建設が不可能だとしても、本件土地には保育所を建設する予定であつたから必ずしも高層建築物を前提とする必要がなく、保育所用地としては適地であつたこと前認定のとおりであるから、右の点は、本件土地の価格が不当に高額であつたとの理由とはなしえない。よつて、右主張は失当である。

(4) また、原告らは、本件土地を取得する必要性はないうえ、本件土地は保育所建設用地としては不向きである旨主張する。

しかしながら、保育所建設用地として本件土地を取得する必要があつたこと、本件土地が保育所用地として適地であつたことは前記認定のとおりであるうえ、成立に争いのない乙イ第一五号証及び弁論の全趣旨により本件土地上の建物を撮影した写真であることが認められる甲第二九号証の一ないし二〇並びに被告本人斎藤正の尋問の結果によれば本件土地上には現に保育園施設が建築され供用されていることが認められるので、右主張も採用できない。

(5) さらに、原告らは、本件土地の減価要因として、日照権等をめぐる住民運動があり、高層建築が不可能なこと及び面大減価の原則を主張する。

しかしながら、仮に高層建築が不可能であるとしても被告荒川区の本件土地取得に当たつての減価要因とならないことは前述のとおりであり、また、日本不動産研究所及び安田信託による昭和五一年八月二〇日時点の本件土地価格の鑑定は、本件土地の面積が広いことも考慮されていることが前掲乙イ第一七、一八号証により認められるから、原告らの右主張もまた失当である。

以上によれば、本件土地は保育所建設用地として必要な土地であつたうえ、その代金額は後記認定の駐車場使用収益金等二五〇万円を加えても、日本不動産研究所及び安田信託がした昭和五一年八月二〇日時点の鑑定価格を約一三ないし一六パーセント上回つているにすぎず、右代金額も区側の担当者が熱心に相手方と交渉し減額に努力した結果であることが明らかである。ところで区長は、各種の複雑多岐にわたる行政需要のなかで、各種政策、事業の優先度と財政運営の効率性との均衡を考慮し、予算の執行として公共施設用地を取得する責任と権限を有するものであり、もとより不必要に高額な価格でこれを取得することは許されないものの、事柄の性質上、用地確保の重要性などの長期的・政策的判断から、その取得価格に或る程度の裁量の余地の存することはいうまでもない。

そして、前認定のとおり本件土地の売買価格は被告國井らが同山口と長年月をかけて十数回にわたり根気強く交渉した結果ようやく合意に到達したものであつて、結果的には予定価格をも、また監査委員の委嘱した鑑定価格をも上回ることとなつたが、本件土地購入の必要性と売主側の事情からすればこの程度の開差はやむをえないことであり、ことさら売主の利益を図つたり、あるいは高価に買い受けたような事情は何らうかがうことはできないのであるから、本件売買契約の締結に関し、被告國井らに公務員として職務専念義務違反等任務に違背した行為があつたとはとうていいえない。よつて、原告らの主張は理由がない。

三  被告コロナらに対する請求について

前記のとおり、本件土地所有権は、本件売買契約の締結と同時に被告荒川区に移転する旨定められたのであるが、原本の存在と成立に争いのない乙ロ第二号証の一、二、被告本人斎藤正及び同山口裕の各尋問の結果によれば、本件売買契約における本件土地の代金額を決定するについては、契約日から本件土地引渡日である昭和五二年三月三一日まで被告コロナらが本件土地を使用収益することによる対価、すなわち、駐車場使用収益金二四〇万円(一台一箇月当たりの料金一万五〇〇〇円、二〇台、八箇月分)及び倉庫使用料一〇万円合計二五〇万円(被告コロナ分二二三万八四八一円、同山口分二六万一五一九円)を被告荒川区に帰属させて、右金額相当分を本件土地の代金額から差し引いていることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そして、被告コロナらが契約日から本件土地の引渡しまでに右金額を上回る利得を得ていたことを認めるに足る証拠はないから、被告コロナらに対し被告荒川区に代位して不当利得の返還請求を求める原告らの請求は理由がないといわなければならない。

四  被告荒川区に対する請求について

被告荒川区に対する請求は、被告國井ら及び同コロナらに対する請求が認容されることを前提とするものであるから、同被告らに対する請求が理由がない以上、右請求もまた理由がない。

五  結論

以上によれば、原告らの被告國井らに対する本件訴えのうち、昭和五一年九月三日の公金支出に関する部分は不適法であるからこれを却下することとし、被告國井らに対するその余の請求及び被告コロナら、同荒川区に対する請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 揖斐潔)

物件目録〈省略〉

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